2014年4月23日水曜日

随想 『生涯一度の敗戦』 ~橋本喜夫~




生涯一度の敗戦
 
 
橋本喜夫
 
 
 
 子供の頃から相撲だけは強かった。近所に一つ年上の友達がいて、幼稚園の頃は彼と毎日百番以上相撲をとって遊んでいた。私の町は、相撲大会が盛んで、毎年秋祭りには、神社の境内にある当時としてはかなり立派な土俵で、子供から大人まで相撲をとる機会があった。子供の部では、小学校一年生から六年生まで、学年単位で行われ、十人勝ち抜くと、当時としては半年分位の鉛筆、ノートなどの学用品が景品だった。私は、一年生から五年生まで、ずっと景品にありつけた。計五十連勝していたことになる。小学校四年生の時に、父親に勝てるようになり、四年生の秋に近隣市町村の大会で六年生に勝った。五年生の頃は相撲を取ることが楽しく、負けることなど考えなかったし、漠然とプロの相撲取りになりたいと思っていた。

 六年生の秋祭りに、恒例の相撲大会があり、いつものように勝ちつづけた。八人目の相手が同級生のY君だった。今まで何度も試合をして、負けたことがない相手である。私の得意技は、左からの「上手投げ」と「呼び戻し」という技であった。勿論、「寄り切り」などで勝つことは簡単であったが、相手を土俵上に抛ることが快感になり、恐ろしく高慢になっていた。この時も土俵中央で組んだ後、私は左上手からふり、右下手で投げ飛ばす「呼び戻し」をしかけた。その瞬間、Y君の左足が、私の右足にタイミングよく掛かり(外掛け)、私は背中から落ちた。右にうっちゃったが、私の背中が一瞬早く土にまみれた。敗因は弱いから負けたのであるが、セオリーを無視した「逆足」にあった。相撲に詳しい方ならわかると思うが、右下手をとったときは、相手の「ひきつけ」を防ぐために右足を後ろに下げるのがセオリーと思う。しかし、この時私は「呼び戻し」をかけやすくするために、前もって右足を前にして「逆足」やっていた。しかし一番の敗因は「どうやったら勝てるか」ではなく、「どのように勝つか」を考えた慢心にある。

 この一度の敗戦はその後、自分自身の生き方や考え方に少なからず影響を与えた。一言でいうと「負けることを極端に恐れる性格」になった。否定的にものを考えるようになり、中学校の時、時津風部屋から入門の勧誘があったときも、相撲の世界には飛び込む勇気がなかった。性格も良く言えば慎重、つまりは臆病になった。その後現在まで、何度となく遊びで相撲をとったことはあるが、一度も負けたことはない。これは私が強いからではなく、負けそうな相手とは絶対に相撲をしなかったからである(相撲は組んだ瞬間に相手の強さがわかる)。あれから四十年以上経過して、私の「マイナス思考」は続いている。ただし実生活と違い、俳句だけは「負の思考」がほんの少しプラスに作用しているかもしれない。
 
 

  相撲取りくづれの俺にやませ来る   よしを

 

   

橋本 喜夫(はしもと・よしお 俳句集団【itak】幹事 雪華・銀化同人)



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