2014年6月25日水曜日

「秋」五月号掲載・現代俳句句集評より ~三国 眞澄~


現代俳句句集評
 
三国 眞澄

 

黒田杏子句集『銀河山河』(角川学芸出版刊)
http://www.ne.jp/asahi/haiku/aki/index.htm
 著者は俳誌「藍生」の主宰。本句集は平成二十二年から二十五年の作品六百句が収められている。著者の第六句集である。この句集の重要な背景となるのは、平成二十三年春の東日本大震災、敬愛する人々との親交、心から敬愛した人達との永訣、日本列島桜花・落花巡礼と西國四國坂東秩父の日本百観音巡礼と四国八十八ヶ所の巡礼結願、遊行上人一遍の「捨ててこそ」の言葉を探求している句集である。

  稲光子のなき最期おもふとき

 稲は雷光と交わって実を孕むと古くから伝えられてきたことをふまえた句。「子のなき最期」とは切ない。親の最期を子供達に見守ってもらう事は理想的だが、現実には様々な理由があり、この理想は崩れている。人は「独り生まれて独り死す」と一遍上人は言っているのだが・・・。

  ひとつづつ捨てて最期の露の玉

 敬愛してやまない作者の師古舘曹人氏への追悼句である。「葬儀、告別式などすべて不要とされ、晩年は居所も明かされなかった。九十歳」とある。曹人氏もこの世の腥き関係を一つづつゆっくり捨てて最期を迎えられたのだ。

 〈初花や曹人さんに白湯供へ〉師曹人氏の魂は「露の玉」となり杏子氏の胸中に宿っているのだ。

  原発忌福島忌この世のちの世

 動詞、助詞の部分を全て省略した、漢字だけのような構成の句にして箴言性を持たせている。作者は平成二十三年春の東日本大震災の大災害を現世(この世)、後世(のちの世)に如何なる影響を及ぼすかを危惧している。現実には、人々の生活は震災以前の水準に戻ってはいないのが実状である。福島原発事故に至っては収束不能に等しい。かのチェルノブイリ原子力発電所事故が、数十年の年月を経ても当時の放射能性物質による環境汚染によって晩発生障害などが現在までも続いているという。我が国も福島原発事故が後世にどんな結果を露呈するのだろうか。

  母と眺めし遠山の朝櫻

 母上と楽しく語らいながら眺めた遥か山並の朝桜は、今年も変わりなく清清しい。〈つつましき母と巡りし花の寺〉日本列島を桜巡りしている作者が母上と巡った花の寺の桜吹雪がいちばん美しかったであろう。

  みちのくの花待つ銀河山河かな

 現実を切り取った句ではなく「みちのく」の一語で東日本大震災の惨劇を表出して叙情的な「銀河山河」へと紡いでいる。ある時、精神科医の香山リカ氏がこの震災の現状をテレビ等で毎日見つづけていると、日本人全体が鬱にかかるのではと警告をしたほどの大災害であった。掲句に戻るが、「銀河山河」ならば気宇壮大な句と思うが、三・一一と知れば喪われたものへの哀惜が深む。この未曾有の惨劇を思う時、杜甫の「春望」の「国破山河在・城春草木深」の一節が思い出される。〈みちのくや月のかをりの寒牡丹〉花は生きているのです。作者は、しずかに桜の咲く季節を待っている。

  炎天や伽藍をめぐる蝶の数

 日盛りの灼けるような空の下には、修行僧達の棲む伽藍の清浄閑静な空間を華やかな夏蝶がぐるぐると自由自在に飛び舞っている。まるで閑かな修行僧を惑わすかのように飛びまわっている。諧謔味のある楽しい句である。

  白寿者のひかりのさくら普賢象

 「文挟夫佐恵先生蛇笏賞」とある。本年一月で満百歳になられた「秋」名誉主宰文挟夫佐恵先生の第七句集『白駒』である。〈新緑や白駒過ぎゆく足早に〉。普賢象は花びらが多く色が幽玄で花の持っている豊かな情感がある八重桜である。この桜を比喩して「ひかりのさくら普賢象」とは最高のオマージュである。

  百観音結願の初櫻かな

  櫻花巡礼残花巡礼満尾

 二十年をかけて「西國四國坂東秩父」の日本百観音巡礼と八十八ヶ所の遍路吟行も結願満行となり、「捨ててこそ」の為に諸国を行脚した一遍の言葉を心身ともに受けとめて、いよいよ佳境の境地であろう。折りしも初桜の清清しいころに。

 後句の三十歳から重ねてきた、「日本列島櫻花・残花巡礼」も満尾。桜になぜこんなにも魅せられたのだろうか。「塗りの剥げたような重箱なのに、山桜の花びらが貼り付いたのが夢のようにきれいだった。あれが私の桜の原風景。」の文章を見つけて納得した。〈花巡る年重ねきて花を待つ〉ごゆっくりと花をお待ち下さい…。

  灰燼に帰したる安堵一遍忌

 平成二十五年八月十日、一遍の誕生寺寶巖寺の一遍立像が木堂と庫裡もろとも火災により灰燼となった。その日は作者の満七十五歳の誕生日でもあった。一遍象を天上に帰した安堵は「捨ててこそ」と同意義であろう。

 

☆三国 眞澄(みくに・ますみ「秋」同人「雪華」同人・「秋」五月号掲載)

※秋俳句会HP http://www.ne.jp/asahi/haiku/aki/index.htm
 
 
 

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