2016年9月22日木曜日

俳句集団【itak】第27回句会評① (橋本喜夫)


俳句集団【itak】第27回句会評①

  2016年9月10日
 
橋本喜夫(雪華、銀化)
 
 
いやはや80人弱のイベントに引き続き、70人の句会。すごいものである。司会のリッキーごくろうさまでした。短時間で3句選句はたしかに漏れが出てくる。今回は大盤振る舞いで多数の句を拾って簡単に触れてみたい。ただ疲れてるから、持つだろうか 最後まで。まあいいか、いやになればやめればいい。
 
 
 石狩の海こがしたる残暑かな    中村 幸二

大きな景で、きもちのよいしかも大げさな措辞なのであるが、海をこがす という捉え方が少し、既視感があるのは否めない。それでも大暑でなく残暑にして、すこしずらしがあるのは良いと思った。たくさんの選が集まらなかったのもおそらくその既視感のせいであろう。佳句ではあると思う。


 街宣車すらも退く野分かな     山田 航

「街宣車」が気に入った。街頭宣伝の車でなんでもよいのだが、右翼の車だったら面白いななどと。俳句の素材に街宣車は新しく感じた。街宣車という新しい言葉と野分という古風な言葉の取り合わせも面白いが、野分が来て退く というのが幾分、ふつうかな と思う。



 象の檻長き不在や天の川     久保田哲子

この間最高齢の「はなこ」が死んだが、たしかに象のいない動物園はエースのいない野球チームのようなもので、一シーズンを戦うことはできないし、ぽっかり空いた穴という感じでまさに埋められない空白である。天の川も座りがよい。


 ペンどっと濃くのち掠れ秋暑し   藤川 夕海


私は秀彦氏のように万年筆にこだわりはないが、やすい万年筆や調子のわるいペン、なくなりかけたボールペンでも起こりうる現象であろう。そこの顛末を十二分に描き切っていると思う。だから中七まではとてもよい出来だ。多数の人気が得られなかったのはやはり「秋暑し」の季語選択なのだと思う。決して悪い選択ではないと思うが、もっとよい季語があるように思える。

 
 みのむしや色紙切りて飾られり   銀の小望月

けっこうよい取り合わせだと思う。ミノムシの状態を色紙を切ってぶら下げた、七夕の短冊に見立てたのか それとも単純に取り合わせたのか  いずれにしてもなかなかの「二物衝撃」になっている。文法的に「飾られり」が変だと思うので、「飾らるる」がよいと思う。
 
 
 花野かき分けかき分けて子らがゆく    高橋なつみ

中七までのかき分けかき分けて のリフレインはとてもよいと感じた。中七までとても期待感を持たせて「子らがゆく」ですこしがっかりさせられる。ちがう措辞のほうがいいと思う。自分にひきつけて「ひとり行く」でもいいし、「死者がゆく」でもいいので、インパクトのある終わりにしてほしい。客観写生であるならば「~ら」は弱くなる。


 

0 件のコメント:

コメントを投稿